月別アーカイブ: 2019年1月

「欲望」の「先天性」/「所与性」をめぐって――『ジェンダー写真論』『欲望会議』

この一年、わたしがじぶんのなかで確認したことは、自分のいま探求したいテーマが「自己」をどう変えていくことができるか、とりわけ自分のセクシャリティーをいかに刷新することができるのか、そういうことである。

 

父とのいざこざもあったのが2018年であったけれど、正直いまはどうでもいい。もしかしたらこのHP上で、blog記事では、家族関係に執着しているような言葉を書き連ねているため、誤解される余地があるが、基本的になぜ家族関係への問いを持っているか、といえば、家族関係から自由になりたいからであり、精神分析が指摘するように、己のセクシャリティーの形成に家族関係が濃厚に影響を残すから、ただそういった視点からに過ぎない。 続きを読む