投稿者「jambeenflee」のアーカイブ

江戸時代の「男性」のセクシャリティー 前髪、男根

1. 立髪 pdf20150415 立髪

 

この髪型は、おつがみ=立髪 という、安土桃山時代の髪型であり、大原梨恵子によれば、「浪人とか病気の者がこの髪風であったが、(略)戦国期の余波もあって、浪人にとどまらず、仲間(ちゅうげん)、小者などまで一種の伊達風俗としてこの髪風を好んだ」(58頁)という。

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大塚英志『「おたく」の精神史』

 

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大塚英志『「おたく」の精神史』を一気に読んで、正直励まされた思いに駆られている。
批評の営みとは、歴史を書くことの営みとは、極めて厳密に「客観的」に書かれてしかるべきものである、そう多くの人が思っていることだろう。だとしたら、そう考える人は、この本の「主観的」な叙述に戸惑うことになる。
実際、本書のタイトルにあるように、大塚は決して「オタク」とは書かず、あくまで彼にとっての「おたく」にこだわり続け、そして東浩紀からは、大塚は自分の経験を一般化するのを拒んでいると批判も受けたという。
しかし僕からすると、この本の魅力と本質は、「おたく」と書き続けた事だったように思われる。大塚自身はこう述べる。

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國分功一郎『来るべき民主主義』

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國分功一郎『来るべき民主主義』(幻冬舎新書、2013年)を読んだ。

 

 

本書は、2009年に、東京都小平市で、地域住民の憩いの場となっている雑木林や玉川上水を貫通する巨大な道路建設計画が明らかになり、以後、それを巡って、著者ら住民がなんとか計画の見直しを求めて行政と格闘していった記録であるとともに、それを政治哲学の問題として考察した書である。

 

 

行政と格闘と言うと、いわゆる住民の反対運動と捉えられるが(それ自体はもちろん悪くもない)、小平のこの運動が他の単純な反対運動と違って見えるのは、この運動が、道路建設の反対を求める運動ではなく、この計画に対する住民投票を求める、それも公正で住民達も納得できる住民投票を求める運動である点だ。

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2014年、10/19 エイシンヒカリと魔法が使えないなら

引き出しに散らばっていた、百円玉を9つ無造作に掴んでポケットに入れて、15時前に、府中の競馬場に着いた。

 

子どもたちと親たちがたくさんにぎやいで、なるべく誰にも見られないように、誰にも見られないように、スタンドへと消えていく。

目当ては、エイシンヒカリという馬。その馬が出走するアイルランドトロフィーが15時30にスタートして、エイシンヒカリは、一頭後続を5馬身近くだろうか、置いてけぼりにしながら、かつてサイレンススズカが散った、あの3コーナーをすぎて、タイムを見ると、1000メートル58秒ほどで、サイレンススズカと同じように、つんのめってしまわないか、心配になりながら、4角に彼がつっこんでいくのをみていた。エイシンヒカリは、先頭で内ラチ沿いを走ってきたにもかかわらず、僕がいるスタンドのほうに、とんでもない勢いで、突進してきたように見えた。なにが起きたのかがまったくわからなかった。唖然としながらも、その後を追うと、どうやら、エイシンヒカリが先頭でゴールした。常軌を逸した、右斜めへの斜行しながらだ。 僕は、絶対にエイシンヒカリが勝つと思っていたけれども、じぶんの手に握り締めた馬券、エイシンヒカリを3着に固定して、三連単を買ったその馬券を、見て、ぁぁ と悲しい声を出して、やぶり捨てた。

 

エイシンヒカリが勝つだろう。けれども、奇跡は起こるものだ。サイレンススズカも死んだこの東京2000メートルの単騎逃げ。そんなのどれほど信じたくてもさすがに持つはずがない。というこの奇跡にかけなければ、「配当的にまったく面白くないレース」となってしまう。
そして、その奇跡は起きなかった。でもサイレンススズカのように、死なずに、ゴールしたのでほっとした。

 

(エイシンヒカリ、アイルランドトロフィー2014年、youtube)

 

あの斜行、あれはいったいなんだったんだろうか。

 

そう思いながら、競馬場を後にしようと歩いていると、さっきyoutubeで聴いた、大森靖子の「魔法が使えないなら」が脳内を流れてきた。

 

(大森靖子「魔法が使えないなら」PV、youtube)

 

でも、こんなメランコリックな夕方に、大森靖子のこの曲は、ほんとうに堪える。

 

僕はこの子を殺してしまいたいと思った。

 

魔法が使えないなら死んでしまいたい、その想いは、ちょっと毒づいたおしゃれさで、どうみても20代半ばの大森が、岩井俊二の映画に出てきそうな少女がヒステリックに泣き叫ぶかのように、にもかかわらず卑猥ないでたちで、”魔法が使えないなら、死んでしまいたい”と幻想的に叫ぶとき、幻想が続かない事を身をもって感じているこの夕方では、どうしたら正気を保てばいいのか、わからないじゃないか。
まともなことを考えないといけない。だから、友人の選挙の事を考えた。

 

けれども、結局考えていたのは、”僕”についてだった。

 

普段、じぶんは、日常的には「俺」と使ったり、ときには「僕」あるいは「私」とときと場合を使い分ける。

 

 

競馬場のようなむさいところには、「私」か「僕」が合う。「俺」だとか「ワシ」だなんて言い始めたら、ろくでもない人間のろくでもなさとまったく距離感がつかめずそこに埋もれてしまうじゃないか。

 

友人が選挙に出るみたいで、もしそれを手伝ったとき、じぶんは「俺たち」と語ることができるだろうか。 無理だろう。その響きに耐えられない。

 

そもそも「俺」とじぶんを示すことができるのは、そこに寄る辺なさがあると思えるからだ。
もちろん、それでもどこか傲慢さをじぶんに感じたりもする。

 

だって、じぶんは、この日本社会では、ヘテロの、比較的裕福な家庭に育った「男性」に過ぎないからだ。
強いていえば、じぶんは、非正規雇用労働者、とブラックが騒がれる中、雇用関係においては弱者と一般的に言われる立場にいる程度だろう。

 

客観的に見たときに、マジョリティのじぶんが「俺」と言うとき、それは時に傲慢ではないか?
でも、これは伝わらない、それでもどうしてかろうじて使う事ができるかそれは、やはりじぶんが生い立ちのなかで、”じぶんとはいったいなんなのか”、”じぶんは父や母にとってなんなのか”、”じぶんはなんのためにうまれてこなければいけなかったのか”、それをずっと感じてきたからだ。

 

そんなおのれさえさだまらない人間が、どうしてその他の「俺」”たち”を担わなければならないのだろう。
そんな風に思うとき、大森靖子が、どうして”魔法が使えないなら死んでしまいたい”などいえたのだろうと、よくわからなくなる。でもしかたないのかもしれない。女らしさや、性を売り込むことができなければ、それこそほんとうに絶望なのだけれども、そんなことを向こう見ずに酔うことなしに叫ぶ事などできないからだ。それとも、大森靖子は、ほんとうに死ぬ気なのかな。から元気で、なりふりかまわずのたうちまわる彼女なりの仕方なのかな。でも、だったら、なんで「だってもともと自由なんだから。社会と関係なく自由でいればいい。世界は楽しいじゃん、ってずっと思ってる」*1だなんて言ったんだろう。

 

力強さ、か。絶望的に力強くなりたい。けれど、それもまた信仰だろうか。

足元の耳で聴く、貝の歌――金子光晴、東南アジア的土着性、存在感情

「題名のない残念会」((http://www.ustream.tv/recorded/53750444))という友人が主催のラジオに参加させてもらい、金子光晴について少し語った。そこでは緊張と、緊張をはぐらかすためのお酒で、うまく言いたい事をいえなかったり、終わってすぐ気付くちょっとした間違いもあったこともあって、さらに後から言いたかった事がより整理されてきたり等々あり、改めて文章化してみることにした。

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