高階秀爾監修、遠山公一著『西洋絵画の歴史1 ルネサンスの驚愕』

ルネサンス絵画とは、「自然模倣あるいは現実再現」を古典古代を参照(理想と)しながら目指すものとされるし、それは知っていたが、本書で勉強になったのは、以下のふたつ。 続きを読む

不安と享楽

 数日、不安をもたらす映像が脳内をかけめぐっている。それはたいてい、苛み、じぶんを貶めるたぐいの想像的な物語である。

 この不安から抜け出したい、そう願えども、精神分析的思考がやってきて、「お前はその苦痛を享楽しているじゃないか」との声に、またしても順繰りの苛みへと戻っていく。

 精神分析的思考の愚かなところは、ここにある。言説として、おれのなかのおれが、その苦を享楽していることを受け入れたとしても、おれのなかのおれは、だからといって、なにもすることができない点、ここにある。 続きを読む

souvereigntyについて 

高校で講師などしていると、教育関係者に会ったりその研究会に顔を出したりする機会があるが、傍らに身を置きながら、いつも腹立たしい思いがするのが、「主権者教育」というタームとこれに関する参加者の理解である。

 

なにが腹立たしいかというと、正確には、腹立たしいというよりは、傲慢にも程が有る、という感覚に襲われるのだが、どういうことかというと、まるで、どこかじぶんたちは「主権者」であり、じぶんたちのような「主権者」のように、子ども達がなるためには、どうしたらいいか、というなんとなくの雰囲気があるからである。

 

上から目線も甚だしい、しかしそれが愚かに思えるのは、私からすれば、”じぶんたちは誰も「主権者」たりえていない”、という共通認識からでしか、議論は始まらないのにもかかわらず、それをすっとばしていて、なにかしら高邁な「教育」が語られているからである。 続きを読む

東アジア史・東南アジア史・アジア史(1) ――宮崎市定を中心に

いま知識で食っていくために、世界史の勉強もしている。というか、昨年30歳になって、40までにあと10年間しかない。40になるとなんだというんだ、といえばそれまでだが、現在のじぶんは世界認識面でかなりいたらなく感じていて、つまり、世界で起きているあらゆる出来事について、あらゆるカテゴリーについて、じぶんなりの一定の認識や理解を、いまだに示す事ができないことが、かゆくてたまらないわけ。

 

まあそういうのもあって、というか一番は最初に言ったように食っていくためなんだけど、だからといって、知識を単に頭に詰め込んでというのは、はっきりいってばかげている。そうではなく、きちんとした統一的・思想的理解を得ることまでしないと、モチベーションがでない、というわけで、以下ここ数年で読んだ、世界史関連の書籍を紹介していきたい。願わくば、後学の人が立ち寄って、参考になるものを書きたいがそこまでいくかは定かではない。

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原彬久『戦後史のなかの日本社会党 その理想主義とは何であったのか』

2015年、それは沸騰した年だった。政治的にはSEALDSを中心とした運動によって。

そうした「大衆運動」に微弱ながら足の指をつけこみながらも、他方で、どうしていまの政治的状況が作られたのか、なぜここまで展望が悪化するまでになってしまったのか、どうしても問が芽生えてやまない。とりわけ、日本の戦後史において、左派政党は、いったいなにをしてきたのか、とくに、70年代以降、高度成長が終わり、国際関係が大きく変化する中、何をしていたのか。こうした問がやまない。
そんな問いに導かれて読んだのが、原彬久『戦後史のなかの日本社会党 その理想主義とは何であったのか』である。 続きを読む

デズモンド・モリスについて

購読しているsynodos+αのno.182号に、山本ぽてとさんの「おっぱいが重たい(後編)」というエッセイがあり、それを読んで少々驚いた。

 

エッセイのとっかかりは、京都新聞の公式twitterが2015年1/12にツイートした「おっぱいは誰のものか?」というツイートで、これをめぐる炎上話である。

 

驚いたのは、ぽてとさんのエッセイから、「おっぱいは誰のもの? そんなもの自分のものに決まってるじゃん。男のために進化したんだなんていう男性優位の異性愛主義の投影はやめてくれ」という主張があるからでは当然ない。男性の性的視線に距離をとって語りながらも、ぽてとさんが、なんだかんだ男女のわいだんをネタ化して、歓心を買ったエッセイを書いていたからでもない。

 

ただ、数年前に読んで、なるほど と考えるところがあった、デズモンド・モリス(『裸のサル』)の名があり、「おっぱい男のために進化したんだ」説の端緒とされていたから、にわかに驚いた、ただそれだけの話である。 続きを読む

内面的に閉ざさせられて――『リリイ・シュシュのすべて』について

絶望のなかで、傷ましい叫び声を上げる、傷ましい歌をさえずる、そんな意味がこめられているのかはわからないし、読んでもいないじぶんが、そんなことをあてずっぽうに書くこと自体がナンセンスかもしれない。なんのことを話しているかといえば、それは、2015年6月に出版された、元少年Aによる『絶歌』という本についてである。 続きを読む

江戸時代の「男性」のセクシャリティー 前髪、男根

1. 立髪 pdf20150415 立髪

 

この髪型は、おつがみ=立髪 という、安土桃山時代の髪型であり、大原梨恵子によれば、「浪人とか病気の者がこの髪風であったが、(略)戦国期の余波もあって、浪人にとどまらず、仲間(ちゅうげん)、小者などまで一種の伊達風俗としてこの髪風を好んだ」(58頁)という。

 

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